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2005年07月05日
金運に見放されていた頃

慣れというものは怖いもので、今自分の周りにあるものに対しすべてが
あって当然と思ってしまう。
人に対しても物に関しても。
住む家があって家族がいて、冷蔵庫にビールが冷えていて、夜になって
そろそろ休もうかという気になれば当然のことベッドや布団がある。
朝起きれば目玉焼きに味噌汁、熱い御飯にタクアン、梅干、海苔の
佃煮( ほとんど毎朝このメニュー )と何の疑いもなく食べている。



私が38歳のときにオヤジが死んで、オヤジを手伝い始めて7年続けた
指圧治療院を閉めたことは前に書きました。

外車の輸入販売を商売とすることにも失敗し、40を前にして条件の良い
再就職先もないので運送会社で4トン車に乗り始めたのです。

しかし、社員としてトラックに乗務していてもたいして給料をもらえない
ので、しばらくして会社で6年使用した車を譲ってもらい個人事業主の
ような形で仕事をさせてもらっていました。

東京あたりへ荷物を届けるのに社員であれば高速道路に自由に乗れるのですが、こちらは経費についてもすべて自分持ちなのでそう安々とは
高速を走れません。

ですから、1号線を夜中に走って東京には早朝に着くようにするわけです。

荷主の会社に駐車のための広いスペースがなければ、近くの道路に
トラックを止め荷物を降ろせる時間になるまで仮眠します。
4トン車の運転席の後ろにはちょうど人ひとりが横になれるスペースが
ありますので、体を休めることについては不都合はありません。

ただ、嫁さんと子供を残して夜中に家を後にするのは、何ともいえず
寂しいものです。
特に、子供がまだ小さくてかわいい盛りでしたから。
また、自分だけでなく嫁さんにも寂しい思いをさせました。

このような生活を丸4年続けましたね。

儲かったかどうかといいますと、まったくアテが外れましたわ。ハハハ・・・
売上はそこそこ上がるのですが何せトラックが古いので修理代も嵩み
ますし、タイヤの消耗もハンパではありませんからね。

4年間で走行した距離は47万Kmでしたから、優に地球を10周以上は
している計算となります。

4年の間毎日がとにかく眠かったですね。
あの当時はダイエットのダの字も頭に浮かばないほどスマートでした。
スマート過ぎたせいで「 金運 」がつかなかったことは間違いないよう
です。
トラックの運転手として過ごした時期と現在を比べれば、まさに今日は
天国です。

辛い思い出も時が経てばなつかしく振り返ることができます。



明日の朝御飯もほんとに感謝して食べなければ。・・・

それから「 開運 」を真剣に考えておられる方は、もし今のあなたが
朝から晩まで猛烈に忙しく仕事に追われているようでしたら、少し
ペ-スを落としたほうがいいかも知れません。

少しノンビリした生活に「 金運 」や「 幸運 」はやってくるのです。

投稿者 nakamoto : 2005年07月05日 03:38

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